2016年5月26日木曜日

7 「経にいわく」4 如来の使い

2016/06  (公開)

7 「経にいわく」4 如来の使い

引用 F 「経に云く「其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云々 

書簡   59立正安國論、60撰時抄 61、如説修行抄 62、太田禪門許御書、63、上野殿御返事 「刀杖難事]

問題点、 「其人命終入阿鼻獄」 のそのままの言葉は経にはありません。
そのことは引用Dに説明しましたが、経の趣意を纏めた造語の部類ですので ? マークです。

「其人命終入阿鼻獄」 そのままズバリの言葉は

「其人命終入阿鼻獄」の言葉は、法苑珠林 (2122) .53.0416b04:ページに在ります。

法苑珠林は唐の道世が著した経文の解説ですから、経を読む人には共通の理解なのでしょうが、「経にいわく」と引用する場合は道世の文より、先ずはオリジナルの経文そのままを写すのが基本でしょう。 

釈迦のオリジナルである華厳経すら「爾前」として捨て去る事を主張する者が、他人の解説を「経文」として用いるのは、全く筋が通りません。



引用  G 「内典の仏経に云く「恩を棄て無為に入るは真実報恩の者なり」等」 

書簡   報恩抄 64

これも 上記と同じで 道宣の四分律刪繁補闕行事鈔 (1804) 又は 道世の法苑珠林の言葉を引用したもので、「棄恩入無爲」とは頭を丸めて出家するための受戒をする事です。

四分律刪繁補闕行事鈔か法苑珠林の前後の文章を読めば、出家する際の事を言っているのです。 しかしこの言葉は釈迦の「経」ではなく、 道世は 清信士度人經の言葉としています
勿論「清信士度人經」なる経は釈迦の経ではありませんので 大正蔵経には乗っていません。

「経にいわく」は??というより間違いです。 

唐時代の書ですから原文は漢文の 「棄恩入無爲 眞實報恩者」 で、今は日蓮書簡は殆ど下し文で出版されていますが、オリジナルの報恩抄は、この部分はそのまま漢文で書かれています。 




引用  H 「故に経に云く四百万億那由佗の国の人に施すに一一に皆七宝を与え又化して六通を得しむるすら・・・・」 

書簡   大夫志殿御返事 [付法蔵列記] 65

これも経文には見つからない言葉なので ? 評価です。

出所は  摩訶止觀 (1911)  で
  
 故經云。施四百萬億那由他國人。一一皆與七寶又化 七寶又化令得六通・・・・・

日蓮書簡はそのまま引用していますが、経名を明かさずに「故に経にいわくと」 と書いた智顗も、オリジナルの経には当たってはいないのでしょう。



引用  I 経に云く「即如来の使なり」と又云く「眼目なり」と又云く「日月なり」と 

書簡   下山御消息 66

法師品に「則如來使」の言葉ははありますが、それが眼目だとか、日月だと言う文はありません。 

眼目 日月は窺基(きき、慈恩大師)の [妙法蓮華經玄賛 (No. 1723)の言葉,で
0851c26ページに: 「 又爲眼目作導明故  又爲日月 開照出世正覺路故] と在りますので それによるかと。


引用  J 「経に云く「能説此経能持此経の人則如来の使なり」 

書簡    四条金吾殿御返事 [源遠長流御書] 67

前の引用 I と同じ 如来の使いの言葉ですが、この文は法華経の複数の品にまたがる文章をひとまとめにアレンジした、「造語」と言ってよい、経文を端折った言葉です。 

出所となったとみられる経文は

① 見寶塔品0034a22:ページの    若佛滅後 於惡世中 能説此經 是則爲難  
② 34b01ページの  我滅度後 若持此經 爲一人説 是則爲難  
③ 分別功徳品 46a15ページ:に  若能持此經 則如佛現在  が在り、
④ 法師品 30c26ページ に 世廣演此經。若是善男子善女人。我滅度後。能竊爲一人説法華經乃至一句。當知是人。則如來使如來所遣行如來事 

でしょう。 これらをまとめると「能説此経能持此経の人則如来の使なり」と言えるでしょう。

複数の経文をひっくるめて意訳した言葉で、意味合いは間違いではありませんが、かなりの範囲を大胆にアレンジした言葉を、「経にいわく」として 良いんですかネ?



8 法華経 

2018/09/15(一部削除)2018/7/21(追記改編)2017/02/11(改編) 2016/05/31 公開


8 法華経


今回は「法華経」引用にさえも問題がある例です。

以前、産湯相承に於ける壽量品との引用文が、実は譬喩品の文だとその間違いを指定し、やはり偽書であろうと書きましたので、此処のブログにはそれを取り上げません。

流石に法華経の引用には間違いは少ないです。
が、日蓮聖人なら ゼロ で有って欲しかったです。


引用  K 法華経に云く「過去に十万億の仏を供養せん人、人間に生れて此の法華を信ぜん」

書簡   妙法尼御前御返事 [臨終一大事] #68

法師品には確かに「過去に(嘗て)十万億の仏を供養せん」と同意の言葉はあります。

妙法蓮華經  0030c13ページに 「藥王當知 是諸人等已曾供養 十萬億佛於諸佛 と。

そこから続く文、「所成就大願 愍衆生故 生此人間」以下、日蓮聖人が多用する、「如来の使い」という言葉が現れる c28ページ辺りまでを、読んで見ましょう。 

書簡の引用の「人間に生れて此の法華を信ぜん」という言葉にするには、少し端折り過ぎで雑な纏めだという事が判る筈です。

下記の経文ですが、一般の人は飛ばして結構ですが、もし暇が在る時にでもチェックされると良いでしょう。 

仏は全ての人を作佛させるためというただ一つの一大事の因縁でもって出現したのですが
人が作佛する為には、
「受持讀誦解説書寫」 して、法華経だけではなく
「種種供養經卷」 して、
「華香瓔珞 末香 塗香 燒香 繒蓋 幢幡 衣服 伎樂」など、
あらゆる供養をもって敬い、一切世間への奉仕で如来への供養とするならば、
その人はまさに、阿耨多羅三藐三菩提を成就した大菩薩であって、
(菩薩は)民を憐れんで民間に生まれ、法華経を説く
と言う訳で、「何況盡能受持種種供養者」 と供養を尽くす人なら当然菩薩になると。

とのプロセスが説かれています。 其の上で以下に続きます。

「藥王當知。是人自捨清淨業報。於我滅度後。愍衆生故。生於惡世廣演此經。
若是善男子善女人。我滅度後。能竊爲一人説法華經乃至一句。
當知是人。則如來使 如來所遣 行如來事。」 
と仏の滅後にそのようなプロセスを経て法華経を説く者を、「仏の使い」と言うと。 

これを単純に 「人間に生れて此の法華を信ぜん」の一言にまとめたのですが、
ご自身は法華経を咀嚼しているからでありましょうが、
他人に教えるにはあまりにも端折り過ぎなのでは? と、?マークとしました。 


引用  L 「是の故に法華経に云く「父母所生清浄 常眼耳鼻舌身意 亦復如是」文 

書簡    当体義抄 #69

この文章は

「法華經安樂行義 (No. 1926 慧思説)」 の言葉 
「父母所生清淨常眼耳鼻舌身意亦復如是」そのものであって、
法華経の経文とは違います。
 
従って X 、間違いとします。

法華經に於ける類似の文は、 

法師功徳品の文に  「令清淨是善男子善女人父母所生清淨肉眼見於三千大千世界内」 
    
法師功徳品 にはまた 「以父母所生清淨常耳 皆悉聞知如是」 の言葉もあります。

みた通りで 文体がまるで違い、意味するものも少なからず違っています。

更に華嚴經にも (0279) 「 衆苦休息得十種清淨眼耳鼻舌身意亦復如是」 類似の文がありますが

父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」 は経文に存在せず、明らかに「法華經安樂行義」 の引用です。



引用  M 「法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば是(人)当に畜生に堕すべし」 

書簡   十法界明因果抄 #70

これも内容としては間違いでは在りませんが、 法華経にいわく云々とするには端折り過ぎで、?評価です。

元の経文は 譬喩品の2か所の文で、その中間を略して繋げた言葉です。

妙法蓮華經 (0262) 0015b23ページ 毀謗此經 則斷一切 世間佛種。

*中略* して「當墮畜生」の文が出て來るのは、c02ですから、前例ほど多くの文は省略してませんが、その間に
入阿鼻獄」という段階があって、そこから脱して畜生となるプロセス92文字を略すことは、端折り過ぎとしました。


これで法華経引用のチェックは終わりますが、
解釈で特に開と結に天台教学の重大な誤りの刷り込みが、日蓮聖人の主張の根幹を誤らせた事が判ります。

その代表例が観心本尊抄の捃拾の説明で、法華経を考える 6 最低だった妙法蓮華経の編集に追記した内容を、ほぼそのまま記載します。

日蓮聖人は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故(もと)の如くし給う可し等云云、」「薬王品已下乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う捃拾遺嘱是なり。」と、観心本尊抄には智顗の文句の言葉。捃拾、「落ち穂拾い」説を踏襲していました。

薬王品に於ける宿王家への附属は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故の如くし給」うた後の事だから 捃拾遺嘱 だとしています。

ところが薬王品は「多寶如來 於寶塔中 讃宿王華菩薩言 善哉善哉 宿王華」云々 
の言葉で終わるので、多寶如來も寶塔もまだ帰ってはいません。
「多宝仏の塔還って 故の如くし給」うは、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いです。


後で述べますが、日蓮聖人は日本では尊敬に値する宗教者ではありますが、天台に学んだ妙法蓮華経が最高の訳であると言っています。

その日蓮聖人が何故素人にもすぐに分かるような、このような間違いを、それも「観心本尊抄」に書くのか、自分は戸惑い、6年前にさり気なく書きましたが、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いにもかかわらず、日蓮聖人の間違いは無視されるようです。

此処まで222件のチェック結果をファイルした結果の内、 誤り、? は引用A~Mまでの13例、
普賢経、無量義経の18例、 経にいわく等、31ケ所で、正解率は86% でした。 

法華経解結にさえ約14%もの誤りがあるのですから、その他の経ではどうなるのでしょうか。


次回からは 「XX経にいわく」 と法華経以外の経文名指しでの引用文から、そこで見た問題点を挙げてゆきます。

2018/09/15 削除箇所

ある読者の方の指摘で サーチ方法を変えて 分別功徳品に「悪世末法時」の言葉があることを確認しました。 大正蔵経の2015版の検索では「悪世末法時」を入れても、今もヒットしませんが、2018版ではヒットします。以下の部分を削除しました。

「分別功徳品には「悪世末法」も、悪世や末法の文字どころか「悪」の字さえも、存在しないことは、誰でも見るだけで分かる事です。 何故か、誰も気づかないのが不思議です。以下の部分を削除しました。
ご指摘ありがとうございました。

9 その他の経 1 「或る経」

2016/06/02(公開)

9 その他の経 1 「或る経にいわく」 での?


日蓮書簡ですから、「法華経開結」からの引用数が圧倒的に多いことは想像がつきますが、その他の経で、経名を示して引用された文も相当数あります。
日蓮書は全て読みはしましたが、エクセルに記録したチェック項目は訳500件程です。

記録しなかった残りは、正直ざっと書簡の内容を読んで、間違いようのないものでした。

此の会からは、法華経以外で引用された経名を、エクセルでアイウエオ順にした所、漢字の音読み順のような並びになりましたので、そのままにしてますので、必ずしもアイウエオじゅんにはなっていません。

経名は阿含から並びましたが、?やXマークの最初は、「或る経」 に在りましたのでそこから始めます。


引用 1   「或経に云く六道の一切衆生仏前に参り集りたりしに仏彼れ等が身の上の事を一一に問い給いし中に仏地神に汝大地より重きものありやと問い給いしかば地神敬んで申さく大地より重き物候と申す」  

書簡    刑部左衛門尉女房御返事 71


問題点 :  出所不明  (出所不明とは大正蔵経をには該当する文が見つからないという事)



引用 2   「或経に云く「須弥山はくづるるとも大地をばうちかへすと」 ㊵

  
書簡    上野殿御返事   /文永十一年十一月 72

 
問題点 :  出所不明  


探し方が悪いのではなく、(最蓮房御返事) の 「或る経に云く「若し誹謗の者には共住すべからず若し親近し共住せば即ち阿鼻獄に趣かん」と禁め給う是なり」 の言葉は
大方廣十輪經 (0410)  に存在する事は確かめられました。
  
大正蔵経に在れば、釈迦の経以外でも、大概は探し出せるようになっているのですが、上記の2例は、今のところ見つけられません。  発見次第報告しますが、日蓮聖人も、経名を記憶してなかったか、参考にした書にもある経としか書かれていなかったのではないかと思われます。

話の内容からも、元々存在しないケースと自分は考えますが、若し、当該の経を見つけられた方はメールでご教授下さると、ワインもおいしく飲めるようになりそうですので、よろしくお願いいたします。


10 その他の経 「華厳経」 1

2016/07/27(加筆)、07/18(調整) 2016/06/20 (加筆調整) 2016/06/02 (公開)



10 「華厳経」 引用に於ける大間違い 1


引用  1  華厳経に云く女人を見れば眼大地に堕落す何に況や犯すこと一度せば三悪道に堕つ文。 

引用  2  華厳経に云く女人は大魔王能く一切の人を食す現在には纒縛と作り後生は怨敵と為る文。 

引用  3  華厳経に云く女人は地獄の使なり能く仏の種子を断つ外面は菩薩に以て内心は夜叉の如しと文。 

書簡    一代五時継図  (上記 3例とも) 73,74,75


 女性を卑下する経文など釈迦の経には存在しない。

仏教を学ぶ者はそれを肝に銘ずるべし。 心から怒りを込めて書き置きます。

これを書いている今朝も、パキスタンでは結婚を断られた男が名誉を汚されたとして、女性に火をつけて殺したというニュースを読みました。

一部の印度周辺やアラブ世界では今でもそうですが、女性は男性に護られる代わりに子供を生み、身をつくして家庭をキープする存在とされていて、日本的な男女同権などは在りません。 


日蓮聖人は華厳経に云くと、禅宗のバイブル「禅戒抄」では寶積経に「女人は地獄の使いなり」と書いてます。 

ちなみに、禅戒抄 (2601) は、82.0650a21: ページ~
 
「 寶積經云女人地獄使 能斷佛種子 外面似菩薩 内心如夜叉 一見於女人能失眼」
  
女は地獄の使いだ。外面は菩薩のようでも内心は夜叉で、観るだけで目が潰れるゾって、 

これが嘘だと知った時には、ぶん殴ってやりたくなりました。 怒りを治めたわけではありませんが、今では笑えます。 

華厳経も、寶積経も大きな経ですが、華厳には宇宙物質の成りたちが説かれています。

賢愚経の一部に 王女牟尼が釈迦牟尼となる話が書かれていますし、
増一阿含經 (0125)には  「爾の時の王女牟尼は今の我、是也」と、女性が釈迦、仏になる話が説かれているのです。(T0125_.02.0758ページc04)

それでも「女性は地獄の使い」などと、經に書かれてもない事を書いてあると喧伝し、それが長い間まかり通っているとは、 呆れ果ててものも言えない業界です。 

経文にない事を、デマに換えて教える行為が、仏を尊敬する行為だと思う人、 またそのように言う教祖たちが書いた物から、仏教を理解しようと学んでいる人は、さっさと諦めるべきです。 

後五百歳を千年近く過ぎた今、私たちは現代の科学レベルでの宇宙の姿を常識として知る人間です。そう在るべきなのです。

それをわざわざ三千年前の経文から学ぼうとするなら、せめてその目的を明確に自認すべきです。

古い時代の経文を理解するにしても、現代の量子論、特にシュレディンガーをおぼろげにも理解出来る脳力が必要です。
その基礎が無ければ、特に般若部はチンプンカンプンのままで、理解出来たと思ったならそれは思考回路の誤作動です。

地球は太陽を回っているという自然科学を、想像だに出来なかった時代の、迷信に凝り固まった思考の人々を相手に、例えの限りを尽くして説かれた経文です。
宇宙の成り立ちを説明する言葉すら無かったし、若しくは不足していた時代の漢訳が経文です。

仕方なく比喩・方便を駆使して釈迦が説明された言葉でしたが、とにかく訳が解らないままに記録され、或いは語り継がれ、咀嚼された記憶の集大成を、漢字に訳された物が今の仏教経典なのです。

法華経の従地湧出品以降は、釈迦が「汝らは護持する必要はない」と言って説き置かれた教えでした。 それは、仏(宇宙)の法則を知るには、唯佛与佛レベルの科学的理解力、知識が必要で、当時の人間の科学レベルで理解するのは無理だったからです。

そこには 「神力を以てしても、嘱累しきれなかった」 と吐露されており、「今は此処に留め置く」 とした上で、「2千年過ぎたら弘めよ」 と言われた、そういう経です。
 

「女は地獄の使い」だのと言う捏造経文をさえ疑えなかった支那仏教の教祖達、その経疏を未だに信ずる程度の頭脳レベルでもって、釈迦の時代の、不充分な言葉に残され、意味が解らない処は陀羅尼として、擬音を頼りに漢訳された経文から、当時の比喩や方便で語られた宇宙自然の法則を読み解こうとするわけですから、 到底理解できるわけがありませんし、人生の貴重な時間を無駄に消費するだけです。

現代の科学を学び、量子論を知った頭で読んでこそ、ああこの事を言いたかったのかな、イヤアすごいなア! と経文を楽しむ事が出来て来るのです。(自分の体験ですが)。

仏道修行には女性の色気は確かに大いなる邪魔だったかも知れませんが、それは修行僧個々人のスケベ根性の程度問題であって、蓮如なんて、20人以上も子供をつくっています。

性欲問題解結の為に経文を捏造して迄、女性を卑下した事は誤りです。

自分のスケベ根性を抑えられない、自分の意志を制御出来ない奴なら、性犯罪を犯しこそすれ菩薩にはなれません。 如説修行なんぞ到底無理なので、どんどん脱落させれば良いのです。

真の経文には元々馬鹿な理屈は在りません。 
女体の産道の場所が不浄だとして、釈迦は横腹から生まれて直ぐに七歩あるいて、「唯我独尊」と言ったなどという経は明らかに捏造で、馬鹿な僧はそういう事をやりたがるのです。

修行の邪魔だからと言って、経文を捏造してまで女性を悪く言った、その事実が、お門違いどころか、釈迦の心を貶める中華魔道に汚れた支那仏教のしたたかさ、程度の低さ、愚かさが現われています。 

経文の中に真実を求めたいなら、その事に気付いて欲しいものです。 

当時の社会環境では、女性成仏を理解させるために、始めは仕方なく「変成男子」 として成仏を納得させるしかなかった程の、徹底した男尊女卑の社会でした。

3千年前の社会環境の中で、女性も含め、生命体は皆、自然の法則、つまり「仏」、の生成物である事を説くために、釈迦は自らも過去には女性であったと、銀色女経等、先に示した以外にも多くの経に説かれています。

釈迦牟尼の牟尼(ム-ニ-)はプリンセス・ムーニーの牟尼だったとの経は紹介しましたが、 月上女経では女性の姿のまま仏である事を右手の上に仏の姿を見せて、多くの菩薩たちの疑念に一問一答の形で答えています。 

結婚し、自分の子供、ラゴラ、を弟子として、命の大切さを教える釈迦が、一方で母性である女性を卑下する道理がない事くらい、経を読む人間がどうして気つけないのですかネ? 

法蔵菩薩は阿弥陀如来になるために、念仏をした者は、例え女性であってもそのままの姿で極楽世界へ拉致して?連れて行っちゃうのです。 

どんなに方便や比喩を用いても「嘱累する事は出来なかった」と、神力品に言って、直後に、「五五百歳」になったら弘めよと説いた「薬王品」では、女性がそのままの姿で極楽世界に生まれる事を説いて、阿弥陀経をフォロウしています。 


今回は華厳経に関する誤用、マチガイ、捏造経文の指摘でしたので、 話がくどくなりました。

これまでも女性の成仏に対する仏教界の大いなる誤解に就いては、ブログ平成談林に何度も書いて来ましたので、平成談林1を再度チェックしてみて下さい。


11 「華厳経」 2 天台の呆れた捏造

2018/4/7(改編) 2016/07/19(加筆調整)  2016/06/03 (公開)

11  華厳経 2 呆れた捏造


引用   華厳経に云く「究竟して虚妄を離れ 染無きこと虚空の如し」 

書簡   如来滅後五五百歳始観心本尊抄 76


引用の例文は全くの捏造で、天台系が普段使わない60巻ものの華厳経にしかない言葉を組合せた造語です。

初發心菩薩功徳品第十三 の言葉にある
       無著無所依 無染如虚空   T0278_.09.0453c01ページ:  と     
  究竟離虚妄   清淨眞法身  T0278_.09.0458a03ページ:   
ですが、
ページをよく観れば判りますが、一つの文章の言葉ではありません。

無染如虚空から究竟離虚妄までの間には、大正蔵経の4ページ分、3780文字、壽量品の1.6倍もの経文が長々と在って、その内容は無視されているのです。 

更にその前後を逆にしてつなぎ、「究竟して虚妄を離れ 染無きこと虚空の如し」と、一言にしています。 
普通論文ではこのように引用する事はあり得ず、問題というより捏造でしょう。

極端に例えると、 

自我得佛来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇 と 堕於悪道中 、
これらの言葉は一文ではありませんが両方とも壽量品に存在する言葉です。 それをひっくり返しにつなげて、

「堕於悪道中 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇」 として、壽量品に書いてあると言うのと同じです。

経文に出て來る離れたフレーズの前後を反転させ、それをつなぎ合わせて創られた用語ですが、妙法蓮華經玄義を見てか、日蓮聖人はそれをそのまま信用して使用したのだろうと思われます。

この観心本尊抄は、自問自答形式で書かれており、「究竟して虚妄を離れ  染無きこと虚空の如し」という言葉は問の中の言葉です。 だから日蓮自身の言葉ではないと、そのように反論する人はあるかも知れません。

旅客と主人の問答形式で書かれた「立正安国論」以来、自問自答形式は日蓮聖人の論書の特徴で、日蓮聖人自身が想定した問答で持論を説明する、ずっと用いられている形式です。

この書簡での問いも、自論の正当性を答えとして書くための設問である事は、書簡を読めば明らかです。 実際に受けた質問なら、問者の名も書くでしょう。 

日蓮聖人は妙法蓮華經玄義 T1716_.33.0734b16~17の、「究竟離虚妄 無染如虚空」を引用したと思われますが、智顗は同文を維摩經玄疏にも (1777) 0547b24-0553x01: 法華嚴經云 究竟離虚妄 無染如虚空 故知一切思量分別憶想 と使っていますので、そちらかも知れません。
何れにせよ日蓮聖人も華厳経の原典を読んではいない事が見て取れます。

それにしても、華厳経に文を求める事は大変手間のかかる仕事です。
ですから智顗も、まさかバレる事はないと思って捏造したのでしょう。

3千7百文字もの中間の経文の意味を無視して、しかも言葉の順を入れ変えての造語を考えるとは、流石の中華の魔道汚染ではありますが、大変な事でしたでしょう。 
でも、自分のようにちゃんと経文を読む人には、嘘はすぐにバレてしまうのです。




引用     華厳経に云く「衆生界尽きざれば我が願も亦尽きず」等と云云 

書簡     爾前二乗菩薩不作仏事 77

諸経が二乗作仏を許さずという事を言いたい為にいろいろ経文を探されたのでしょうが、探した元が経ではなく、諸宗の参考書からだったようです。

「衆生界尽きざれば我が願も亦尽きずと類似の華厳経の文は これも60巻版の経にのみ存在する文章で、

華嚴經の原文は(0278) 0182b18ページの: 若衆生界盡我願乃盡

です。  見た通り、これは肯定文であって、前後の文には「不盡」の言葉は在りません。


日蓮聖人の引用は否定文になっていますが、それは法華経玄賛 (1723)  34.0847a21ページの

盡我願乃盡如是衆生界不盡我願亦不盡 そのものです。 

日蓮聖人は、60巻物のオリジナルの華厳経は読んでいないのであろう事が判ります。



12 海竜王経、観念法門経、起世経の出鱈目

2016/11/12(改編) 2016/06/03 (公開)

海竜王経、観念法門経、起世経の出鱈目


引用   海竜王経に云く「竜女作仏し国土を光明国と号し名をば無垢証如来と号す  

書簡   女人成仏抄 78


先ず、「海竜王経」には「龍女」も「光明国」も出て来ません。


よくぞまあ, 此れまでばれなかったものですが、鎌倉仏教は女人成仏に関しては、呆れるほど嘘と誤りばかりです。

それは坊主や仏教学者どもの怠慢で、経を学んでいない証拠です。鎌倉仏教とは所詮はそういうものだという事を、大正蔵経の 佛説海龍王經 (0598) を 自分の目で確かめて、知ってください。




引用   観念法門経に云く 戒を持ちて西方弥陀を思念せよ と文。 

書簡   一代五時継図 79


観念法門経とは「觀念阿彌陀佛相海三昧功徳法門」の略称で、大正蔵経では1959番の経です。

問題点は、引用された文章は「觀念阿彌陀佛相海三昧功徳法門」には在りません。

従って 「観念法門経に云く」 は X です。

この引用文の内容に近い経文としては、

般舟三昧經 (0418) 0905a01ページの 「持戒完具獨一處止心念西方阿彌陀佛」 だけです。

更に調査すると「西方指南鈔 (2674)」、「黒谷上人語燈録 (2611)」等に類似の解説文が見られます。

黒谷上人語燈録とは鎌倉時代文永11~12年(1274~1275)に編纂された法然遺文集で、

そこに 「 於未來世惡衆生 稱念西方彌陀佛 」 (黒谷上人語燈録 0193x33ページ) 又、
西方指南鈔 (2674) 0857a02ページにも 同文  稱念西方彌陀號 が見られます。 


書簡、[聖愚問答抄上]でも観念法門経が引用されていますが、そこでは正しい文が写されていました。 

日蓮聖人が実際に経を読んだなら一代五時継図の間違いは起きないでしょうから、誤った参考書を使ったと思われます。 確定はできませんが。



引用   起世経に云く 「諸の衆生有りて放逸を為し清浄の行を汚す 故に天雨を下さず」  

書簡   下山御消息 80


起世経(0024)には起世因本経(0025)との二訳が存在します。

不降雨に関する箇所は、どちらの翻訳も 「然行雨諸神。有時放逸。以放逸故。彼雲不得依時降雨。」 と同文です。

但し「諸神」は、本因経では 「諸天子輩」 と表現されています。

放逸とは過失の意味ですので、神さまのミステイクで降らない時もあると言っています


道世の「法苑珠林(ほうおんじゅりん)・失候部第十二」は 「如起世經云」 として五個の降雨の障外を解説しています。

その四番目の因として 「第四有諸衆生爲放逸汚清淨行故天不依時雨」があり、日蓮書簡の引用の文体は「法苑珠林」その物でした。

「如起世經云」 の意味は 「起世經の如く云うならば」、という意味ですから、「起世経にいわくと
日蓮聖人が書いたのは早とちりと言えます。
 
起世経にない事は経を詠めばわかる事ですので、日蓮聖人は起世経そのものは読んでいなかったと思われます。

施設論 にも、「天不降雨」 の八種の原因に関する説明があり、そこにも4番目の因として放逸が書かれています。

起世経では 他にも不降雨の因は 「皆行十不善業」(十善を為さないから)とも言っています。


近頃では地球温暖化が天候不順の原因だと言いますが、 地球の磁場の北極点が此処十年ほどで大幅に、それも通常より早く移動しています。

磁場は太陽風が運ぶ自然放射能をブロックしているので、その範囲も磁極の移動に伴って微妙に変化している筈です。

それが何を意味するかというと、放射能の粒は雨雲の種になっていますので、海上の雲の発生が減容し、位置も例年の位置とはズレて来ています。 それに伴って海水温が変わり、エルニーニョ、ラニーニャの発生位置が不安定になりますから、その結果、異常気象が誘発されているのではと自分は思っています。

今日六月三日時点で、今年は南太平洋上に台風が一つも発生していません。 
ヨーロッパでは150年ぶりの大雨でパリではセーヌの洪水が懸念されています。
雨や風の吹き方も年々記録的何とかと云われる事が多くなっていますが、 二酸化炭素の増加が原因ではないのです。

二酸化炭素が原因で、地球に災害がもたらされると言うなら、 皆さん、一斉にビールを飲むのをやめたらどうでしょう。 近年の空気中の二酸化炭素の増加と、支那人のビール消費量の伸びが同期しているのも、どうか気になさってください。
 
これは時事雑談のページに書くべき内容でしたが、 経文の降雨の因につられて自分の意見を書いてしまいました。










13 銀色女経 

2016/07/10 (加筆) 2016/06/04 (公開)

13  銀色女経・ 月蔵経

2016/06/04 (公開)

銀色女経 

引用   銀色女経に云く「三世の諸仏の眼は大地に堕落すとも法界の諸の女人は永く成仏の期無し」云云  

書簡   女人成仏抄 一代五時継図 薬王品得意抄  81,82,83

何度も 々 書いてきましたが、三世の諸仏の眼は大地に堕落すとも法界の諸の女人は永く成仏の期無し どころか、銀色女は釈迦自身だったという経ですから、銀色女経は女人成仏の経なのです。

一度でも経を読めば、すぐに解る事なのに、よくぞ千年もの間しらばっくれていられたものです

経を読めば一瞬でバレる嘘が、21世紀になって自分が指摘するまでまかり通っていたなんて、よくよく坊主どもは経を読ンでいないという証拠というか、「果報は寝て待て」という言葉はこの経の「銀色女」が王になる過程をオチョクッタ言葉ですから、実際には読んだ上で経を馬鹿にしていた証拠です。 

この例以外にも、仏教界には 女人成仏に対する多くのデマがまかり通っています。

それもこれも、分別経の 「仏教が支那で魔道に染まる」 と説かれていた現象なのです。 

明治時代に刊行された子供向けの仏教説話には、乳房を切って赤ん坊を救う銀色女の、経の一部の説話があります。 ですから、「女は地獄の使いだの、間違っても成仏しない」だのという云われが、間違いまたはデマだという事を、仏教者は知らなかった訳でもなさそうです。

このブログを読む人は、少しは仏教を学ぼうという人でしょうから、是非、本当の銀色女経に目を通してください。 

そうすれば、日蓮書簡が、度々引用する上記の文章が、いかにひどいデマだったか、直ぐに確認出来ます。

叡山を頂点とする平安・鎌倉仏教界は、そのような風土だったという事を知った上で、のめり込まずに仏教と接する事の必要性を自認できるでしょう。 

一代五時継図には 銀色女経以外に 下記の女性に関する仏教界のデマが羅列されています。

一、四十余年の諸の経論に女人を嫌う事
 華厳経に云く女人は地獄の使なり能く仏の種子を断つ外面は菩薩に以て内心は夜叉の如しと文。
 
又云く一び女人を見れば能く眼の功徳を失う縦い大蛇を見ると雖も女人を見る可からずと文。


華厳経に云く女人を見れば眼大地に堕落す何に況や犯すこと一度せば三悪道に堕つ文。

十二仏名経に云く仮使法界に遍する大悲の諸菩薩も彼の女人の極業の障を降伏すること能わず文。

大論に云く女人を見ること一度なるすら永く輪廻の業を結ぶ、何に況や犯すこと一度せば定んで無間獄に堕すと文。

往生礼讃に云く女人と及び根欠と二乗種とは生せず文。
 
大論に云く女人は悪の根本なり一たび犯せば五百生彼の所生の処六趣の中に輪廻すと文。

華厳経に云く女人は大魔王能く一切の人を食す現在には纒縛と作り後生は怨敵と為る文。

これらは 全部 嘘です。 呆れて物も言えません。

「云く女人と及び根欠と二乗種とは生せず」 の文は 往生禮讃偈 (No. 1980) の言葉でなく、
觀無量壽佛經疏、佛説阿彌陀經疏、他念仏系の疏に多く出て来ます。

もちろん釈迦の経文の言葉ではありません。


月蔵経
引用   安楽集に云く「大集月蔵経に云く 我が末法の時の 時の中の億億の衆生 行を起し行を修すとも 未だ一人も得る者有らず 

書簡   一代五時継図  一代五時図  84,85


月蔵経という名の経は特定できませんでしたが、 大方等大集經 (No. 0397) 月藏分という部が在りますので、その事かと思い 該当の文を探しました。 しかし見つかりませんでした。

月蔵経に云く我が末法の時の中の億億の衆生行を起し行を修すとも未だ一人も得る者有らず 

月蔵分のみならず、経には 「億億衆生起行修道 未有一人得者」の文字は無いのです。

「億億衆生起行修道未有一人得者 當今末法現是五濁惡世」 の文言は安樂集 (1958) 、
選擇本願念佛集 (2608) 、 徹選擇本願念佛集 (2609) 、:選擇傳弘決疑鈔 (2610) 、黒谷上人語燈録 (2611) に在り、「大集月藏經云」 としていますので、実際の経にはあたらずに、そのまま安楽集を写したのですが、

一代五時継図での引用は、「安楽集にいわく」を書かず、いきなり「月蔵経にいわく」 で始まっている事は、経に無い言葉を自らの引用した様に読めるので、少し問題です。