8 法華経
今回は「法華経」引用にさえも問題がある例です。
以前、産湯相承に於ける壽量品との引用文が、実は譬喩品の文だとその間違いを指定し、やはり偽書であろうと書きましたので、此処のブログにはそれを取り上げません。
流石に法華経の引用には間違いは少ないです。
が、日蓮聖人なら ゼロ で有って欲しかったです。
引用 K 法華経に云く「過去に十万億の仏を供養せん人、人間に生れて此の法華を信ぜん」
書簡 妙法尼御前御返事 [臨終一大事] #68
法師品には確かに「過去に(嘗て)十万億の仏を供養せん」と同意の言葉はあります。
妙法蓮華經 0030c13ページに 「藥王當知 是諸人等已曾供養 十萬億佛於諸佛」 と。
そこから続く文、「所成就大願 愍衆生故 生此人間」以下、日蓮聖人が多用する、「如来の使い」という言葉が現れる c28ページ辺りまでを、読んで見ましょう。
書簡の引用の「人間に生れて此の法華を信ぜん」という言葉にするには、少し端折り過ぎで雑な纏めだという事が判る筈です。
下記の経文ですが、一般の人は飛ばして結構ですが、もし暇が在る時にでもチェックされると良いでしょう。
仏は全ての人を作佛させるためというただ一つの一大事の因縁でもって出現したのですが
人が作佛する為には、
「受持讀誦解説書寫」 して、法華経だけではなく
「種種供養經卷」 して、
「華香瓔珞 末香 塗香 燒香 繒蓋 幢幡 衣服 伎樂」など、
あらゆる供養をもって敬い、一切世間への奉仕で如来への供養とするならば、
その人はまさに、阿耨多羅三藐三菩提を成就した大菩薩であって、
(菩薩は)民を憐れんで民間に生まれ、法華経を説く
と言う訳で、「何況盡能受持種種供養者」 と供養を尽くす人なら当然菩薩になると。
とのプロセスが説かれています。 其の上で以下に続きます。
「藥王當知。是人自捨清淨業報。於我滅度後。愍衆生故。生於惡世廣演此經。
若是善男子善女人。我滅度後。能竊爲一人説法華經乃至一句。
當知是人。則如來使 如來所遣 行如來事。」
と仏の滅後にそのようなプロセスを経て法華経を説く者を、「仏の使い」と言うと。
これを単純に 「人間に生れて此の法華を信ぜん」の一言にまとめたのですが、
ご自身は法華経を咀嚼しているからでありましょうが、
他人に教えるにはあまりにも端折り過ぎなのでは? と、?マークとしました。
引用 L 「是の故に法華経に云く「父母所生清浄 常眼耳鼻舌身意 亦復如是」文
書簡 当体義抄 #69
この文章は
「法華經安樂行義 (No. 1926 慧思説)」 の言葉
「父母所生清淨常眼耳鼻舌身意亦復如是」そのものであって、
法華経の経文とは違います。
従って X 、間違いとします。
法華經に於ける類似の文は、
法師功徳品の文に 「令清淨是善男子善女人父母所生清淨肉眼見於三千大千世界内」
法師功徳品 にはまた 「以父母所生清淨常耳 皆悉聞知如是」 の言葉もあります。
みた通りで 文体がまるで違い、意味するものも少なからず違っています。
更に華嚴經にも (0279) 「 衆苦休息得十種清淨眼耳鼻舌身意亦復如是」 類似の文がありますが
「父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」 は経文に存在せず、明らかに「法華經安樂行義」 の引用です。
引用 M 「法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば是(人)当に畜生に堕すべし」
書簡 十法界明因果抄 #70
これも内容としては間違いでは在りませんが、 法華経にいわく云々とするには端折り過ぎで、?評価です。
元の経文は 譬喩品の2か所の文で、その中間を略して繋げた言葉です。
妙法蓮華經 (0262) 0015b23ページ 毀謗此經 則斷一切 世間佛種。
*中略* して「當墮畜生」の文が出て來るのは、c02ですから、前例ほど多くの文は省略してませんが、その間に
「入阿鼻獄」という段階があって、そこから脱して畜生となるプロセス92文字を略すことは、端折り過ぎとしました。
これで法華経引用のチェックは終わりますが、
解釈で特に開と結に天台教学の重大な誤りの刷り込みが、日蓮聖人の主張の根幹を誤らせた事が判ります。
その代表例が観心本尊抄の捃拾の説明で、法華経を考える 6 最低だった妙法蓮華経の編集に追記した内容を、ほぼそのまま記載します。
日蓮聖人は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故(もと)の如くし給う可し等云云、」「薬王品已下乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う捃拾遺嘱是なり。」と、観心本尊抄には智顗の文句の言葉。捃拾、「落ち穂拾い」説を踏襲していました。
薬王品に於ける宿王家への附属は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故の如くし給」うた後の事だから 捃拾遺嘱 だとしています。
ところが薬王品は「多寶如來 於寶塔中 讃宿王華菩薩言 善哉善哉 宿王華」云々
の言葉で終わるので、多寶如來も寶塔もまだ帰ってはいません。
「多宝仏の塔還って 故の如くし給」うは、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いです。
後で述べますが、日蓮聖人は日本では尊敬に値する宗教者ではありますが、天台に学んだ妙法蓮華経が最高の訳であると言っています。
その日蓮聖人が何故素人にもすぐに分かるような、このような間違いを、それも「観心本尊抄」に書くのか、自分は戸惑い、6年前にさり気なく書きましたが、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いにもかかわらず、日蓮聖人の間違いは無視されるようです。
此処まで222件のチェック結果をファイルした結果の内、 誤り、? は引用A~Mまでの13例、
普賢経、無量義経の18例、 経にいわく等、31ケ所で、正解率は86% でした。
法華経解結にさえ約14%もの誤りがあるのですから、その他の経ではどうなるのでしょうか。
次回からは 「XX経にいわく」 と法華経以外の経文名指しでの引用文から、そこで見た問題点を挙げてゆきます。
2018/09/15 削除箇所
ある読者の方の指摘で サーチ方法を変えて 分別功徳品に「悪世末法時」の言葉があることを確認しました。 大正蔵経の2015版の検索では「悪世末法時」を入れても、今もヒットしませんが、2018版ではヒットします。以下の部分を削除しました。
「分別功徳品には「悪世末法」も、悪世や末法の文字どころか「悪」の字さえも、存在しないことは、誰でも見るだけで分かる事です。 何故か、誰も気づかないのが不思議です。以下の部分を削除しました。
ご指摘ありがとうございました。
書簡 当体義抄 #69
この文章は
「法華經安樂行義 (No. 1926 慧思説)」 の言葉
「父母所生清淨常眼耳鼻舌身意亦復如是」そのものであって、
法華経の経文とは違います。
従って X 、間違いとします。
法華經に於ける類似の文は、
法師功徳品の文に 「令清淨是善男子善女人父母所生清淨肉眼見於三千大千世界内」
法師功徳品 にはまた 「以父母所生清淨常耳 皆悉聞知如是」 の言葉もあります。
みた通りで 文体がまるで違い、意味するものも少なからず違っています。
更に華嚴經にも (0279) 「 衆苦休息得十種清淨眼耳鼻舌身意亦復如是」 類似の文がありますが
「父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」 は経文に存在せず、明らかに「法華經安樂行義」 の引用です。
引用 M 「法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば是(人)当に畜生に堕すべし」
これも内容としては間違いでは在りませんが、 法華経にいわく云々とするには端折り過ぎで、?評価です。
元の経文は 譬喩品の2か所の文で、その中間を略して繋げた言葉です。
*中略* して「當墮畜生」の文が出て來るのは、c02ですから、前例ほど多くの文は省略してませんが、その間に
「入阿鼻獄」という段階があって、そこから脱して畜生となるプロセス92文字を略すことは、端折り過ぎとしました。
解釈で特に開と結に天台教学の重大な誤りの刷り込みが、日蓮聖人の主張の根幹を誤らせた事が判ります。
その代表例が観心本尊抄の捃拾の説明で、法華経を考える 6 最低だった妙法蓮華経の編集に追記した内容を、ほぼそのまま記載します。
日蓮聖人は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故(もと)の如くし給う可し等云云、」「薬王品已下乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う捃拾遺嘱是なり。」と、観心本尊抄には智顗の文句の言葉。捃拾、「落ち穂拾い」説を踏襲していました。
薬王品に於ける宿王家への附属は「十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う 乃至多宝仏の塔還って 故の如くし給」うた後の事だから 捃拾遺嘱 だとしています。
ところが薬王品は「多寶如來 於寶塔中 讃宿王華菩薩言 善哉善哉 宿王華」云々
の言葉で終わるので、多寶如來も寶塔もまだ帰ってはいません。
「多宝仏の塔還って 故の如くし給」うは、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いです。
その日蓮聖人が何故素人にもすぐに分かるような、このような間違いを、それも「観心本尊抄」に書くのか、自分は戸惑い、6年前にさり気なく書きましたが、薬王品を読めば誰にでも分かる間違いにもかかわらず、日蓮聖人の間違いは無視されるようです。
此処まで222件のチェック結果をファイルした結果の内、 誤り、? は引用A~Mまでの13例、
普賢経、無量義経の18例、 経にいわく等、31ケ所で、正解率は86% でした。
法華経解結にさえ約14%もの誤りがあるのですから、その他の経ではどうなるのでしょうか。
次回からは 「XX経にいわく」 と法華経以外の経文名指しでの引用文から、そこで見た問題点を挙げてゆきます。
2018/09/15 削除箇所
ある読者の方の指摘で サーチ方法を変えて 分別功徳品に「悪世末法時」の言葉があることを確認しました。 大正蔵経の2015版の検索では「悪世末法時」を入れても、今もヒットしませんが、2018版ではヒットします。以下の部分を削除しました。
「分別功徳品には「悪世末法」も、悪世や末法の文字どころか「悪」の字さえも、存在しないことは、誰でも見るだけで分かる事です。 何故か、誰も気づかないのが不思議です。以下の部分を削除しました。
ご指摘ありがとうございました。
0 件のコメント:
コメントを投稿