蓮華三昧経
引用 蓮華三昧経に云く「本覚心法身常に妙法の心蓮台に住して本より来た三身の徳を具足し三十七尊[金剛界の三十七尊なり]心城に住したまえるを帰命したてまつる心王大日遍照尊心数恒沙諸の如来も普門塵数諸の三昧因果を遠離して法然として具す無辺の徳海本より円満還つて我心の諸仏を頂礼す」、
書簡 八宗違目抄 117
先ず、「蓮華三昧経」 という経は大正蔵経にはないので、存在するのかという事で、別名を探す殊になりました。
即身成佛義 (No. 2428 空海) に .77.0389a15ページに: 「無障礙經云 名蓮華三昧經 歸命本覺心法身。常住妙法心蓮臺」 と、「蓮華三昧経と名づく」 の言葉がありました。
また、溪嵐拾葉集 (2410)には 76.0820a02: 蓮華三昧經云 無障礙經云 歸命本覺心法身」 とあります。
即身成佛義 と この溪嵐拾葉集 の 「蓮華三昧經云 無障礙經云」の文から 無障礙經を蓮華三昧經と名づく、との事らしく、 一応、無障礙經云が蓮華三昧經 であるとします。
如意輪陀羅尼經 という経のタイトルの注釈に 「此の經は 「大蓮華金剛三昧耶加持祕密無障礙經」から出た」 (T1080_.20.0188b18 ページ) とあります。
どうやら二つの名は元々長い名の経なので、頭かしっぽの部分で呼ばれたようです。
しかしながら大正蔵経には 「大蓮華金剛三昧耶加持祕密無障礙經」という経もありません。
また如意輪陀羅尼經には 「本覚心法身」も「三十七尊」という言葉も在りません。
全体的に観ても、「歸命本覺心法身常住妙法心蓮臺」の文言は いわゆる釈迦の経文では無く、経疏の中にのみ存在する言葉です。
溪嵐拾葉集 (2410) には 76.0592c15ページ他 二か所に「帰命本覺心法身常住妙法心蓮臺」の言葉がありますので、 日蓮聖人の引用は、比叡山での修学中に記録した言葉かと思われます。
経文中に存在しない言葉の引用ですので、評価は X です。
六波羅蜜経
経文中に存在しない言葉の引用ですので、評価は X です。
六波羅蜜経
日蓮聖人は六波羅蜜経いわくと、数回引用していますが、いずれもまちがいでした。
引用1 六波羅蜜経に云く「所謂過去無量の諸仏所説の正法及び我今説く所の所謂八万四千の諸の妙法蘊なり
書簡 法華真言勝劣事 118
引用 2 六波羅蜜経に云く「所謂過去無量の諸仏所説の正法及び我今説く所の
書簡 開目抄下 119
六波羅蜜経の正式名は 「大乘理趣六波羅蜜多經」 (0261) で般若部の最後の経です。
その経中の言葉には「過去無量殑伽沙」の「諸仏所説正法」との文字が使われ、
「恒伽沙」では検索できませんので、最初は X としていました。
経を読んでいくうちに「殑伽沙」の文字で書かれているのをを見つけました。
この引用にはその恒河沙が略されているので、 まだ?評価です。
「所謂 過去無量諸佛 所説正法」 という言葉は、
辨顯密二教論 (2427) , 選擇本願念佛集 (2608) , 選擇傳弘決疑鈔 (2610) 、黒谷上人語燈録 (2611) 等 に使われている言葉です
「所謂 過去無量諸佛 所説正法」 という言葉は、
辨顯密二教論 (2427) , 選擇本願念佛集 (2608) , 選擇傳弘決疑鈔 (2610) 、黒谷上人語燈録 (2611) 等 に使われている言葉です
引用 六波羅蜜経に云く「所謂過去無量恒伽沙の諸仏世尊の所説の正法
書簡 真言見聞 120
これは正解例で、正しく引用する物とそうでなく引用する事があるようです。
| 仏蔵経 |
引用 仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
書簡 八宗違目抄 121
「佛見一切衆生心中皆有」という言葉は、仏像経 には無し。
止觀輔行傳弘決 (No. 1912 湛然述 )と菩薩圓頓授戒灌頂記 (2383)にのみ在るが、
いずれにしても X 評価であある。
報恩経 大方便佛報恩經 (No. 0156 )
引用 第五に人道とは報恩経に云く「三帰五戒は人に生る」文
書簡 十法界明因果抄 122
「三帰五戒は人に埋まる生まる」との言葉は無い 報恩経の三帰五戒の使い方は違う
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